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ぬこたそそと星降る男もげげほげげ

空想したり文章を書いたりするのがすきです。いまできるからうれしい。うれしい。

やぶれかぶれという職業

 

 

 

 

 私がこうして『やぶれかぶれ』という職種で、永らく第一人者の座に君臨し続けることができたのは、ひとえに運が良かっただけなのだと、今となれば思う。

 

 一時期、『やぶれかぶれ』という職業に対する私の仕事ぶりを見た一部の人々から、「十把一絡げである」とか、「偶然脚光を浴びただけに違いない、素人の産物」とか、「彼のことを、幸運の申し子なだけ、と命名してやろう」といった、謗りややっかみを大いに受けていた。その時は、「そんなことはない。私とみなさんとの決定的な違い。それは圧倒的な経験の差に委ねられているものである」といちいち反論していた。

 そして、更に議論を吹っ掛けようとする輩には、「あなたを含めた多くの人が、今から私と同じように経験を積んだからといって、私と肩を並べるようになるのは無謀な話です。なぜなら、みなさんが今から経験していく時間と同じ時間を私も有しているので、私はそれを今ある経験の上に積んでいくことができるからです。しかも、それは、みなさんより遥かに濃密な経験なのです」と、突き放すような言い方も時にはした。

 元来、認知度の低いこの職業をより多くの方に知ってもらい、業界の活性化を行ないたい。そして、多くの耳目を集める事で魅力ある就職先とし、後進の育成に努めていきたいという目的で始めたPR活動が、時にこのような状況となってしまったことを非常に残念に感じていた。

 

 

 あの会見の時のことは、今でも忘れない。私は多くの報道陣のカメラフラッシュを正面に浴びた。

 重度のプレッシャーが掛かっていた事もあり、会見席に着くまでに何度も立ち眩みしそうになった。脚光を浴びるという行為はこんなにも物理的な具体例を示す事ができるものなのだと思い知らされた気分であった。

 私はその記者会見場で斯様に自分の立ち位置を説明したのだが、火中から飛び出てくる栗のようにイガイガした気持ちでいる多くの記者が、その感情を包み隠す事なく発言や野次に転化してしまったために、とても乱暴な雰囲気が、広い会場内を跋扈した。

「寝間着山さん。あなたねえ、さっきから経験の違いとかなんとか言っているけど」

 ある記者が丸めて棒状にした資料で自分の手の平を何度も叩きながら、挑発的に質問してきた。

「はい」

 私は慎重にマイクに顔を近づけ返事をした。

「それじゃあ聞くけど、あなたがもし、今日から『やぶれかぶれ』を経験する事を止めて、その間に私たち。ええ、私でいいでしょう。私が、あなたが今までに経験した以上の経験をしたとするならば、私はあなたに勝てるわけですか?」

 記者は不遜な表情をしたまま、苛立たしげに質問をぶつけた。

「先程申し上げた通り、私の経験の濃密さは、今までに経験してきた結果に基づいているものです。よって、今日から初めて経験する方とは、その効率において雲泥の差があります。ですから・・・」

 先程の記者が苛立たしそうに立ち上がった。横にも広い大きな体躯と厳めしい顔つきが、真っ正面に私を見据えた。

「それじゃあ聞くがね、もし、あなたが今回の件で長期的に勾留されることになったとして」

 不穏な単語が飛び出てきたことで室内に微かな響めきが沸き、しかし、その響きはすぐに、忍び足のまま聞き耳を立てているかのような浮ついた沈黙によって押し込まれていった。

「不謹慎な言葉を発せられる質問者は、場合により退室していただきます」

 司会者がやや大きめな声を上げる事で熱気を帯びた会場の空気を一旦落ち着かせようとした。

「私はね、仮説として質問しただけじゃないですか。文頭に、もしと付けて。もし、と付けての質問ができないのであれば、一体どんなかたちで質問すりゃいいの」

 憮然とした記者の態度と発言に同調したように、薄い笑い声が室内の各所から沸き上がった。

「本会見のルールが守られないと判断させていただき次第、本日の会見は終了させていただきます」

 記者の発言を一切退けるように、司会者はぶっきらぼうともとれる口調で言い放った。

 私のデビュー時の記者会見も、このホテルのまさにこの宴会場で開かれた。そして、その時も彼が司会をしてくれていた。年配であるが故か、それともそれが元来の話し振りなのか、とても進行がゆっくりであった。そのゆっくりさが前回の時は、若干間延びしたような感じととれたが、今日は寧ろその間延び感が会場内の空気の重しとなって会見が荒れるのを抑えてくれているように感じた。デビュー時の進行を担ったよしみで私に対して贔屓目に司会進行をしてくれているのかもしれない。もし、そうであったとしても、そうでなかったとしてもとても、そのゆっくりさはありがたいことであった。

「それじゃあ質問をかえるが、もしあなたの言う、経験というのが計量できる方法があったとして」

「・・・はい」

 私は、やれやれといった表情が出てしまうのを抑えながら、返事をした。

「そのあなたと同じ質の経験を2倍、いや3倍の量で積んでいったとしたら、あなたを凌駕することができることになりますね」

 ゆっくり時間を空けてから、私は言葉を目の前の会見机に置くように回答した。

「なれません」

 会場のざわめきが波紋のように壁際まで広がっていく。

「おかしいだろ」

 理論破綻を導き出してやったとでも言わんばかりに、記者は声を大きくした。

 私は、その彼のステレオタイプな勝ち誇りっぷりを目にして、思わずほくそ笑んでしまいそうだった。

「おかしくはありません。私は幼少期から経験を積んでいるのです。語学でもスポーツでも幼少期に身につけるのと一定の年齢に達してからとでは、習得力に大きな差が生じるのは皆さんご存知なはずです」

「じゃあよ、生まれたばかりのこどもに経験積ませたらいいわけだ」

 まるで罵声のような大声で、鼻息がだんだんと荒くなる記者から質問が飛ぶ。

「確かに。早ければ早いほど良いと思います」

 私は、このまま壇上まで猛進してきてしまいそうな記者を落ち着かせる為に、ゆっくりと肯定した。

 記者は横にいる記者仲間を見下ろして、「ほらね」と言わんばかりの仕草をし始めた。

「しかし、現実には早くても無理でしょう」

 私は吐き捨てるようにそう言った。もういい加減、この不埒な記者との不毛な問答を終わりにさせたい気分になってきていた。

「なぜだ。自分で認めただろう」

 記者は発言を突き上げるように顎をしゃくりあげた。

「その子が、私が子どもの頃のように自発的に身につけた研鑽方法で『やぶれかぶれ』を習得しているなら露知らず、人から教えられ受動的に身につけた方法では結局教科書的な、所謂、無難な表現しかできないでしょう。オリジナルなものにはオリジナルたらしめる真の輝きがあるのを、我々がそこはかとなく感じさせられてしまうように。そしてあなたの発言やその発言を導かせている発想にはなんらオリジナリティがないのを、今ここに集まっている多くの方が気付いているように」

 フラッシュ音を除くと、会場は水を打ったように静かになった。

 私は些か言い過ぎたようにも感じたが、必要不可欠な台詞であったようにも思う。始めから相手の主義主張を完全否定する目的だけで意見を戦わせる相手には、建設的な妥協点など見出だす方が無理である。

 しばらくポカンとしていた記者のその虚ろな佇まいが笑いを誘ったのか、もとより彼の書く記事にオリジナリティの欠如を感じて人々が多くいたのか、どちらが主たる理由であるかはわからなかったが、会場の各所からちらほらと失笑する声が漏れた。

 記者はキッと私を睨むと、みるみる顔を紅潮させた。そして、手にしていた資料をバンッと前に叩き付けた。前に座っていたカメラマンはいきなり頭を叩かれて驚き、頭を庇いながら後ろを向いた。

 記者は振り向いたそのカメラマンの顔にも、床に散らばった資料にも目もくれず、グウと音が出るほどに激しく歯噛みしたかと思うと、私に向かって、

「この、イノシシブタ野郎!」

と捨て台詞を吐き、大股で会見場を後にした。

 

 

 

 私自身、夢にも思わなかったが、その記者会見は引退会見となった。記者会見が始まる前に、それが引退会見となってしまうようなできごとが発生する事を一体誰が想像できただろう。

 司会者は私の意志を尊重して、会見途中での急な変更を快く引き受けてくれた。私ができる限り気丈な態度で、今から引退会見に切り替えますと申し出た時、私とは親子ほどの年の差のある司会者の瞳の奥に、子を想う親が持つ深い色が湛えられているように感じた。

 

 本来、記者を追いかけてこの場で直接、私の座を継承すべきだったが、記者はタクシーであっという間に会場を離れてしまっており、それが引退会見での唯一の心残りだった。

 

 

 会見が終わって、記者達が離席した後も私は一人、会見席に佇んでいた。

 司会者はスタッフに片付けの指示を出してながらも、私の席からあまり遠くには離れないようにしてくれているのが感じとれた。

 まさか、やぶれかぶれに出た台詞が、「この、イノシシブタ野郎」だとは。

 水っぽい敗北感を寄せ付けないほどの完敗だった。こうも妙妙たる、やぶれかぶれ感を醸し出す台詞が出てきたその時の全体の空気感や記者の表情。それらを何度も繰り返し思い出す事で、感動が記憶の底に沈んでいかないように丁寧に掬い上げた。

 

イノシシブタ野郎・・・

彼を真似て、小声でそう呟いてみただけで解放感に浸れた。もっと大きな声で叫んでみたい。もっと力強く叫んでみたい。快哉を叫び、彼の門出を声高らかに祝いたい気分であった。

 

 

 記者が投げつけた書類を集めていたスタッフが、司会者に「これ、どうします?」と尋ねた。司会者は後ろで結んでいた手を胸の前で組み直し、指先で数度顎を撫ぜながら何か考え事をしているようであったが、漸く数枚を手にした。

 

一向に返事をしない司会者の側からスタッフが離れて会場を出るまで、彼は書類の一枚に印刷されていた『古伊賀水指 やぶれぶくろ』を眺めていた。