ぬこたそそと星降る男もげげほげげ

空想したり文章を書いたりするのがすきです。いまできるからうれしい。うれしい。

ぬこたそそと星降る男

 

 

 

 だいぶ大きな爆発音がして、それを鮨河原は決して大きくないと言うのだけど、そこのところで議論が白熱している最中に、今度は米次が、ちゃんと決着をつけるべきだと口を挿む。ぼくは急場凌ぎではあるけど、自生のブーツをサッと履いて外に飛び出した。

 何かがすごく離れた高い場所から落っこちてきたような音に違いない。それを確認するのは興味というより、むしろ使命感に近いものであるとすら感じた。

 

 見渡す限りいつもと何ら変わりない大地というものは、それはそれで不自然で、路上に一旦停止しているセダンの型番とかタイヤの減り具合とか看板に反射する陽射しの鋭角とかを一応は調べてみるものの、途方に暮れようとしているところに菜種のようなものが転がっているのを発見した。

 

「鮨河原ちゃん。鮨河原ちゃん」

 鮨河原は、ウッセーなという表情で読み中のアメリカ新聞から目を離そうとした。それもしょうがない、山星がこういうふうに鮨河原を呼ぶときはいつも碌なことがないということは衆目の一致するところだ。

「でも、ぼくは山星じゃないでしょ」

 ぼくは久しぶりに声を張った。ほんとうに久しぶりに大きく口を開けて声を張ったので、筆箱に隠していたビーフジャーキーが床に全部落ちてしまった。

「泣きたい気分というのはこういうことだな」

 項垂れるぼくの肩に山星はそっと手を置いてくれた。今し方、山星を否定したぼくに対しても、彼の優しさは変わることがなかった。

 

「そんなのさ、ビーフジャーキーがほしいからに決まってんじゃん」

 咄嗟に意地悪そうな声で米次が声を上げたが、山星は落ち着き払った声で、「自生のブーツはあったとしても、ビーフジャーキーほどのものじゃない」と自説を説いた。

「わかった、わかった。もうそんなにモメンな」

 やっと、アメリカ新聞をカウンターに置くと、めんどくさそうに鮨河原は立ち上がった。

「とりあえず、行きゃいいんだろ?」

「Yes, オデッセイ」

 ぼくらは二つ返事をして一斉に立ち上がった。

「こうでなくっちゃ」

 ぼくが満面の笑みを浮かべてそう言うと、米次の飼犬のジュトリアノーノがワワンみたいな鳴き声をあげた。

 

 

 外の風景は先程と全く変わらなかった。と言いたいところだが、実際は驚くべき変異を遂げていた。先程見つけた菜種のようなものが落ちていたところからは、菜の花が育っていた。

「あれ、菜種が菜の花になっちゃってる」

 ぼくのあまりの素っ頓狂な声が、米次のツボにはまったらしく、米次が笑った。ジュトリアノーノは笑っていない。

「そりゃあさ、アスファルトで固めてない道だもの春になりゃ菜の花くらい咲くだろ」

 山星は冷静な判断を下した。確かに山星の言っていることは正しいけど、でもぼくには違和感があった。

「だってさ、こんなに短い間に種から草が育つ?」

 ぼくの疑問に米次はまたちょっと笑いながら言った。

朝顔だって、朝咲いて午後には萎むだろお」

「ほんとだ」

 ぼくは素直に受け入れた。それは本当のことだからだ。真実を真実として受け入れなくて何が科学者だ。研究中に何度もそういってぼくらを叱咤激励してくれた鮨河原のことを思い出した。

「想い出に耽るにはまだ早いぜ」

 そんなぼくの様子の変化に気付いた鮨河原が、ぼくの隣りでビーフジャーキーを齧りながらそう言った。

「人の気も知らないでさ」

 三度ほどプンスカと怒ったことが功を奏したのか、ぼくはすぐに気を取り成すことができた。

 

「ブラボービューティー、ブラボー」

 ジュトリアノーノの歯軋りに背中を押してもらったように山星が菜の花に近づいた。ぼくらのチームは研究の壁にぶつかったり、期待していたほどの予算が確保できなかったりと、ことあるごとに気高いジュトリアノーノの後押しに救われてきたことは確かだ。

「これってさ、菜の花じゃないよ」

 山星の声はいつもより低く、その点だけを鑑みれば落ち着いているようにもとれるけど、明らかに動揺しているようにみんなは受け止めた。長い間同じ釜の飯を食べ苦楽をともにしていると、仲間の心が今、琴線に触れているかどうかを察知する能力に長けるようになるとはよく聞く話だ。

「これってさ」

「それ以上は言うな」と鮨河原が言葉を制した。

「俺は、ここから先は、寿司職人の意見に委ねるべきだと思うけど、それについてのみんなの気持ちを知りたい」

 ぼくらは互いに顔を見合わせると、「アイアイホー」と勝ち鬨の声を挙げた。

 鮨河原は走って家に戻ると息を切らせながらスケボーを抱えて戻ってきて、その足でさっきまで居たお店に戻って親父を呼んだ。休憩などなしだ。これは喫緊の課題なのだなとぼくらは固唾を飲んだ。

 鮨河原の親父さんは面倒そうに両手をエプロンの内側に突っ込みながら歩いてくると、「こんなんジュトリアノーノに匂い嗅いでもらえばすぐにわかるじゃねえか、お前らそれでも研究者かよ。何年研究してるんだっていうの、これ」と捲し立てて、でも振り向きざまに、「そりゃ、菜の花じゃねえよ。お前らが苦労して探し求めてた、『ぬこたそそ』だよ」と笑った。

 

「親父さんって笑うとエクボできるね」

 ジュトリアノーノを連れて親父さんがお店に戻るのを見送って、ぼくは鮨河原に言った。

「そういうところがさ、星降る男はデリカシーがないのよね」と言いながら、米次がふざけてぼくの脇をくすぐりはじめた。

「やめてよ米次君。ぼくがくすぐり苦手なの知ってるのにー」

 

 

 こうしてぼくらはまた一歩、宇宙の構成について明確に理解することができるようになり、たしかにそれは、まだわからないあまりに大きな背景から見たら、ほんの一握りの事象に過ぎないものなのかもしれないけれど、でも、より一層踏み込んだ研究を進めていけるという希望に繋がった。