ぬこたそそと星降る男もげげほげげ

空想したり文章を書いたりするのがすきです。いまできるからうれしい。うれしい。

宇宙遠足旅行

 

 

 

 宇宙遠足旅行に行くことになった。なったと書いちゃったが、ずっと前から、明日は宇宙旅行遠足だって知っている。ぼくは、ずっと前から宇宙旅行遠足に行くのが嫌で、いつまでも4年生にならなければいいのになあと思っていた。同じ通学団で近所に住む5年生や6年生の友達は、「宇宙遠足旅行はたいへんだぞ」とか「あんなに苦しかったところには、もう二度と行きたくないよ」と今までに何度も話してきて、ぼくを不安がらせた。いつも仲良くしてる友達なのに、こういう話を聞かされるときは、すごく嫌なヤツらだと思ったし、でも、みんなはもう既に、そんなたいへんなことを過ごしてきているのだと思うと、普段は同級生と同じように遊んでいるその5年生や6年生の友達が、だいぶ大人に見えた。

 

 早速、隣同士の机を向かい合わせに並び替えて学級会が始まった。普段、ぼくはどちらかといえば学級会が、かなり好きなほうだった。クラス委員長とあと、みんなの前で面白いことを言える数人が発言をしているのを聞いていれば良いだけの時間は、ぼくにとっては楽園だ。運良く席替えで校庭側の窓際の席をゲットできていたとしても、算数の授業中とかにボーっと他のクラスの人たちの体育の授業を眺めていると、先生はすかさず、ぼくのようすに気がついてしまう。だから、ボーっとしちゃいけないといつも気にしてないといけないのだけど、学級会のときは好きなだけボーっとしていられる。今日みたいに遠足の日とかお別れ会が近かったりすると、みんなでなにかを決めたり準備しなくちゃいけないから、こうして班ごとに向かい合って話し合う必要があるけど、冬の日差しがあたたかい日の窓際の席でボーっとしているのはとても幸せだ。ただ、ちょっと悩ましいのは、このクラスにはおもしろい子がたくさんいるから、ボーッとしていうようと思っているのに、いつの間にか笑ってしまっていたり、あとちょっとそういうふうにおもしろいことをみんなの前で言える人がうらやましいと思ってしまってたりすることだ。

 

 明日が宇宙遠足旅行だから、今日の学級会は結構決めることが多くて、だから時間も2時間連続だった。ぼくは去年も同じクラスで片思い中の瞑奈(メイナ)ちゃんと同じ班だから遠足中ずっと一緒でいられるのはだいぶ嬉しい。もし、明日の遠足が宇宙遠足旅行なんかじゃなくって去年行った、フワジョマ森林公園とか、夏に家族旅行で行ったモラ・トトストマリンパークだったらどんなによかっただろうと、席替えをしてメイナちゃんと同じ班になった日からずっと思ってて、3週間もずっと願ってきたけど、結局、行き先は変わらないままだった。

 はあ。ぼくが思わずため息をもらしたときに、向かいの席のタキノちゃんは、じろりとぼくのことを見た。空気を読むのが得意なメイナちゃんは、その時反対側の子と、どこの星から順番に降りるかを決めていたようだったけど、そんなタキノちゃんの動きを感じとってこちらを向いた。

 普通、うちのクラスの他の女子は、こういうときには、「え、どうしたの?」とか「なんかあったの?」とか話しはじめるのだけど、メイナちゃんは、口を閉じたままでいつもより少し多めにまばたきをするだけで黙っている。ぼくはそんなメイナちゃんのしぐさがひな鳥みたいでかわいいなと思っているんだけど、このときは、タキノちゃんがなにか怒ってきそうな予感がして、少し怖かった。タキノちゃんは前期のクラス委員長で、ちょっと怖いんだ、これが。

「先生、カロリーなしのカロリーメイトはおやつに入っちゃいますか?」

 そのタイミングで、お調子者のマサフノスケが突然先生に質問して、クラスに笑いが起こった。お笑い好きのナナメ先生はとりあえず、「カロリーなしのカロリーメイトは、そりゃおやつになるわな。みんな、おやつ代は300円までだから、カロリーメイトもってくるやつは、カロリーありにして弁当にいれてこいよー」と返した。ぼくは、まだ今日の日付以外に何も書かれていないノートに、おやつは300円までと書いて、ちゃんと遠足の準備に協力的なしぐさをタキノちゃんとメイナちゃんに見せた。

 

 

 行きの席はじゃんけんでモゾゾウと隣同士になった。モゾゾウは普段あまりしゃべらないけど今日はとても陽気で、「ずっと宇宙遠足旅行に行きたかったよ」と何度も言った。ぼくは前の席のメイナちゃんとその隣りの席の健三のことが気になってた。メイナちゃんと健三は普段の席も隣同士だし、2人とも3年生の時から同じヒップホップダンススクールに通ってて、仲がよく見える。ぼくは、モゾゾウがなんか隣りでモジョモジョと嬉しがってるのと、前の2人がコソコソ話をしているのを気にしているのとでなんだか体がかゆくなってきて、背中を掻き始めたら、ナナメ先生が「もう出発しはじめてるから、体を掻いちゃいかんぞ」と言ったところで、ぼくは記憶がどっかに行った。

 

 1000Gの重力はやはり、4年生には結構大変で、一応国の規則では3年生からは1000G圏には入っていいらしいのだけど、うちの市のルールとして安全のために4年生からにしていると先生が言っていた言葉が何回もまわって、「もう何回まわっているのかなあ」と思った瞬間に目が覚めた。ぼくはどちらかというとクラスのなかで目が覚めるのが遅い方だったけど、ぼくが起きた時にはまだモゾゾウはアワを吹いていた。

「モゾゾウは、ほんとうはまだ2年生なんだもんな、しょうがないよな」と先生がモゾゾウの頭をやさしく撫ぜていて、その時に「ああ、たしかにモゾゾウとのあいだの時空が歪んでいたなあ」と先週の体育の時間に体育館でやったドッヂボールのことを思い出した。

 

 

 メイナちゃんたちが決めた順番どおりに星を順番に回って、ぼくたちは最後の3つめの星に着た。みんなあまりお腹がすいてないと言っていたからお弁当を最後の星で食べることにしたので、みんなでベンチに横一列に腰掛けて弁当箱を開けた。

 弁当のなかにはぼくの大好物のネギが入っていてすごく嬉しかった。朝、学校に出掛ける瞬間まで一緒だったのにママの顔がとてもぼんやりと頭に浮かんだ。

「うわー、ねぎだー。ねぎねぎー」モゾゾウが急に叫んだ。声の調子から、もう完全に元気がよくなってきたみたいだった。ぼくはモゾゾウと好きなたべものが一緒だと知ってちょっと嬉しい気分になった。趣味とかが一緒だとちょっとうれしい気がする。

 気付かれないように2つ向こうに座っているメイナちゃんの弁当箱をそっと覗いてみると、たくさんカロリーメイトが入っていて、メイナちゃんは美味しそうに食べていた。先生の言ったことをちゃんと守るところがメイナちゃんっぽくって、すごくいいなって思った。

 

 おやつを食べる時間もそこが最後だったから、みんな持ってきていたおやつを全部食べた。先生は、帰りののりもののなかではおやつはぜったいに食べてはいけないって言っていたし、家にもって帰ったとしても、そのおやつは捨てなくちゃいけないから、もったいないからちゃんと食べておくようにと言っていた。

 メイナちゃんと健三はちょっとダンスのフリとかして体を動かしたりして、ここはすごく軽いって言って喜んでいた。ぼくもちょっとダンススクールに通ってみたい気分になった。

 

 

 帰りののりもののじゃんけんでは、運良くぼくはメイナちゃんと隣りの席になった。でも、ぼくははじめからメイナちゃんの隣りの席に座れるような気がしてならなかった。だから、うれしくてビックリしたという気持ちより、ホッとして落ち着いたという気分だった。

 シートベルトをイスの横のところでカチャリと締めて前を向いたら、メイナちゃんは自分のシートベルトを締め直すフリをして、着ている上着のポケットからアメを2つ取り出した。そして、そのアメの袋に書いてある文字を読んでいるみたいなすました雰囲気でちょっとのあいだそれ見つめていると、そっとぼくの手にアメを1つ渡して、すこしだけ照れたように笑った。

 車内のライトが消えて、のりものがゆっくりと動き始めた。そのだんだんとさわがしくなる音にまぎれてほんのかすかにアメの袋が開けられる音がして、メイナちゃんはそれをそっと口に入れたような感じがした。

 

 真っ暗ななかで、ちょっとの間アメの袋をさわってから、落とさないように気をつけて袋を開けると、ぼくはアメを口に入れた。

 

 

 

 アメはネギの味がした。