ぬこたそそと星降る男もげげほげげ

空想したり文章を書いたりするのがすきです。いまできるからうれしい。うれしい。

ウルトラマリン

 

 

 

 矢継ぎ早に質問が飛んできて、それがカマドウ=カマロを一層苦悩させた。そもそも人前で意見を交換すること自体が苦手なのに、そのうえ、こんなに大勢の好奇の視線と挑発的な質問を一身に浴びせられるとは。

 隣りに座って、カマドウ=カマロの額に浮かびはじめた大粒の鈍い汗を眺めていたロロッソは、自分がその立場でないことを心から祝福した。一歩間違っていたら、自分がこうなっていたのだ。そう意識すると背中に、極寒の地からやってきたアリが一気によじ登ってくるような感じがして、一瞬で背筋が伸び上がったようになった。

「カマロ。そうしていつまでも黙っておっては、埒が明かない」

 ついに堪忍袋の緒が切れたようにアネロソが机をドンと叩いた。木目の間に詰まっていた埃が舞い上がったのが、中二階の出窓から差し込む冬の午後の真っ直ぐな光の筋に照らされた。それを見たせいか数人が微かに咳払いをした。

 街の有力者の怒り声の後ですぐに口を挿む者はいなく、暫し沈黙が流れた。気まずい空気が室内の人々の間に澱み始めたような雰囲気に耐えきれなくなったロロッソが、カマロに発言を促させようとその左肩に触れようとした直前に、カマロは見た目にも重たい、おそらく噂に聞く深海魚の口はこんなかたちだろうと想像してしまうような唇を開いた。

「先に聞くが・・・」

 皆が唾を飲み込むような仕草をした。

「ここで皆に話すことが、解決の糸口になるという保証はしてくれるのだろうな」

 屋根伝いに並ぶスズメのように皆が互いに顔を眺め、小声で何かを各々に呟きそうになるのを制して、アネロソは言った。

「カマロ。お前はなにか勘違いしておらんか?」

 普段見たことがないほど萎縮していたカマロの背中が、その発言を耳にした途端、元の大きさに戻っていくようにロロッソの目には映った。さきほどの錆を浮かべたような汗がザッとその量を増して溢れ出したかと思うと、すぐさま室内に蒸発し、後にある棚の黴臭い書物の山に吸収されていく。

「勘違い?」

 ギロリと音が聞こえてくるほどゆっくりとアネロソの顔に目を向け、少しの間彼を見続けてから、カマロは目を閉じた。

「おれは勘違いなどしてはおらん。ただ、お前らとは工夫の仕方と努力の量が異なっているだけだ」

 カマロは一呼吸置いた。

アロンソさん。あんたが、それを、おれのそういう日々の過ごし方が間違いだというのなら、おれは間違っているということになるのかもしれないがな」

 一瞬部屋が静まり返り、そして、予期せず罵られることとなった多くは、カマロに対する不満を口にし始めた。

「なにいってんだ、おまえ。自分だけが飛び抜けている風に言いやがって」

 明らかに皆の表情が険悪になっていくのを見て、ロロッソは、まずいなと思った。この会の結果がどちらに転んでも、懐も地位も痛まないようなポジションを得てここに参加したはずなのに、これでは、私もカマロと同一視されてしまう。

 アネロソが口を開いた。

「それでは聞くが、お前は何でウルトラマリンの新しい精製法など見つけ出そうとしたんだ」

 その質問に、カマロが、フンと鼻で笑った。

「カマロ、その不遜な態度はアネロソさんに失礼だろ」

 一気に場が騒々しくなるのをカマロは手で制した。

「じゃあ、先に皆に聞くが、何故我々のギルドは錬金術の技を日々研鑽しているんだ」

 当然じゃないか、金になるし、俺たちのような最高峰の技術を有する者にしか練金はできないからだ、と皆が口々に声をあげた。

「ほう、技術があると」

 カマロは侮蔑するように半笑いした。

「では、なぜ、皆はウルトラマリンの精製にその最高峰の技術とやらをぶつけてみようとはしないんだ」

 罵声の矢が、分厚い空気の壁にぶつかり悉く落ちてしまったかのように、部屋は静かになった。

「鉛から金を作り出せるほどに腕のある錬金術師たちならば、ラピスラズリを砕き溶かして作るだけのウルトラマリンアッシュの抽出などわけもないことであろう」

 そう言うと、カマロはゆっくりとロロッソの方を向き、しっかりと目を見つめて言った。

「ロロッソがこうして高い値で各地に売ってくれるんだ。戦争に巻き込まれて疲弊したこの街を立て直すには、これが一番だろう」

 ロロッソは後ずさりしてしまいたいような気持ちと、カマロの言葉に二つ返事で頷きたいような気持ちを含んだ面をアネロソに向けて、助け舟を求めた。

 アネロソは一瞬、苦虫を噛み潰したような表情を見られないように俯いてから、カマロの方を向いた。

「カマロ。お前だって当然、錬金術のことは重々にわかっておろう」

 カマロは声を出さずアネロソを睨みつけるように見つめてから、顎を少しだけ上に振った。

「お前が技術も知識も、このギルドにいる誰よりも持っていることは周知の事実だ」

 皆が不承不承頷くような素振りをし、皆とカマロの間に一定の距離を保っていた床の陰が波打った。

「だから、お前が、その持てる力を遺憾なく発揮したいという気持ちは、十分にわかる」

 カマロは胸の前で腕を組み、敢えて何も言わず、アネロソの発言が続けられるのを待った。

「しかしだ。お前だけがウルトラマリンの精製を始めて、ギルドの他のものが今まで通り錬金術を続けていたらこの街はどうなる」

 カマロは片目だけを開けた。

 片目だけなので冷静に聞いているのか、目を剥かんばかりに腹を立てているのか、片目しか開ける価値もないと侮辱しているのかの見分けが付き難い表情となった。

「おれ以外も、ウルトラマリンアッシュをつくればいいんだ」

 そう言ってドンと机を叩いた。先程、アネロソが机を叩いた音より、遥かに大きな音が室内に響いた。

 カマロは続けた。

「努力が足りないだけなんだよ」

 机の音の響きに同調したように大きくはあるが、微かに湿り気を帯びた声をカマロは発した。

 アネロソは静かに、しかし重い声で返した。

「お前は、皆と自分の実力差がわかっていて、それでも敢えてそういう言い方をしているのか!」

 

 数分の沈黙の間、太陽が夕日と呼ばれる時間となったことを告げるようにカラスが二度鳴いた。

「錬金術をやめたら、」

 ふいに、アネロソが話し始めた。

「食料を供給するに充分な土地もないこの街では、商人を留めておくこともできず、衛兵を雇い続けることも困難になる」

 そして、しばし黙った後でこう付け足した。

「それは、いずれ滅びることを意味する」 

 カマロは苛立たしそうに着ているシャツの襟元のボタンを1つ外すと、声を荒げた。

「だから、やってみなきゃわかんねえだろうと言っているんじゃないか。今やらなくてどうするんだ、同じことを続けていてもいずれその日はやってくるだろう。だったら今、おれたちの代で変えていくべきじゃないのか?」

 

 夕日に追いかけられ、慌てて逃げてきたと言わんばかりの午後の青空が、中二階の出窓から部屋に飛び込み、階下に一筋の眩い光を落としていった。